「ああ。ヤマトは去年の11月頃……だったか? 当時千尋さんは俺の知り合いにストーカー行為をされていて、その犯人を追い払ったのがヤマトだったんだ。けれどあの日以来行方不明になってるって聞かされていたけど……」
「おいおい、まさかその犬が渚の身体を一時的に乗っ取ってたって言うつもりか? もし仮にそれが事実だとすると、あいつ発狂するかもな~。大嫌いな犬に自分の身体が操られていたなんて知った日には」
「で? 千尋さんも俺と同様、その男の記憶が全く無いってことなのか……」
「最初は嘘でもついているかの思ったけど、そうでも無さそうだな。お前ともう一人の渚はすごく親しい仲に見えたぞ。少なくとも俺にとっては」
「そっか……」
里中は少しだけ寂しげに笑った。
「もう1杯、カクテル作ってくれるか?」
「うん? 何が欲しい?」
「お前に任せるよ。……そうだな。今はいないアイツの為にぴったりなの頼む」
「……」
それを聞いた祐樹は少しだけ考え込んでいたが、やがて慣れた手つきで里中の前でカクテルを作り終えると、テーブルに置いた。
「これは?」
「ギムレット。ある小説の中に出て来るカクテル……。長い別れを意味するカクテルだ」
「そっか……」
「俺はお前ともう一人の渚に、二人で一緒に店に飲みに来いって誘ってたのさ。でも二度とそんな日は来ないけどな」
「それじゃ今はいなくなった『ヤマト』に乾杯するか」
「ああ、それがいいかもしれない」
里中はグラスを掲げた。
「乾杯」
****
何故か、あの日以来渚の生活は昼夜が逆転してしまった。
夜は全く眠れなくなり、明ける頃に眠りに着く—―
そして決まって夢を見るのだ。そこはいつも同じ場所。見知らぬ男が暗闇の中に座り込み、千尋の姿を見つめている。
自分の夢の中だと言うのに、思うように行動出来ない渚は仕方が無いので一緒に千尋の様子を見つめている。夢の中で見る千尋は何なのだろう?
花屋で働いている姿や食事をしている姿……。この夢を見るようになって、自分が見ている千尋は今実際に行動している姿に違いないと思うようになっていた。毎日千尋の姿を見るようになり、徐々に渚の心にも変化が見られてきた。
「あ~あ。今日は余程眠いのか? 何回欠伸してるんだよ。あ、馬鹿馬鹿。今そこに鋏置いたの忘れたのか?」
渚はクスクス笑いながら千尋の様子を見ている。
その時、ふと渚